概要と研究について
概要
当研究室は、フィールドワークに基づいた流体科学現象の基盤構築を目指すと共に、生命、環境、資源およびモノ作りに関する研究を展開しています。研究紹介
「生命とは何か」と流体科学
左の画像はアオコを冷凍乾燥したもので,まるで小宇宙のような空間的拡がりを見せています.
つい最近のことですが,我々の棲む宇宙に地球外生命体が存在する確率を示した論文が公開されました1).そこでは,地球外生命体は確率的には存在しないこととその理由とが述べられています.生命体は細胞で構成されています.たとえば,多細胞生物である人類は,目には目の機能を作る細胞,心臓には心臓の機能を作る細胞といったように,人体を構成する300種類の細胞(多細胞)がそれぞれ必要なだけ細胞分裂することで,生命体としての形を作り上げています(多細胞一生命体).地球上に生きるどんな生命体にも,一つ一つの細胞にDNA,RNAといった核酸が内包されています.生きている限りは核酸が司令塔となり,生きるために必要なタンパク質を日々作り上げることができます.そのような生命の代名詞とも言える核酸は,ヌクレオチド分子が正しく最低限40個連続して繋がることで初めて核酸としての機能,つまり,生命活動を果たす可能性が生じます.先の論文では,ヌクレオチド分子の40個一続きの収束状態が形成する確率は,10の40乗(10の8乗で1億)個の星(天体)に対して,1個であると結論づけられています.一方,宇宙は光の速度を超える速度で膨張しています.たとえば,月は年間3.6cmずつ地球から遠ざかっています.そのため,我々が観測可能な宇宙の領域は930億光年向こうまであり,その範囲に存在する星の数は10の22乗個と考えられています.また,観測不可能な宇宙の領域が存在するという事実は,ますます生命体を見つけることが難しくなることを物語っています. そのような観測上の限界からは,いかに我々の棲む地球がこの宇宙において珍しい特徴を持つものであるかが分かると同時に,なぜ,地球に生命が誕生したのかという問いを生じさせます.
学術的立場ではじめに「生命とは何か」を問いかけたのは古典物理学者のエルヴィン・シュレーディンガー博士で,それは1944年のことでした2).現在では,世界中の多くの研究者が同様の問いを持ち続けています.ポール・ゴーギャンは「生命とは何か」と同意語であろう「我々は何者で,どこから来て,どこへ向かうのか」を,絵という技術手法を用いて表現しました5).では,技術を持たない我々の遠い祖先である単細胞生物は「どこに向かうのか」について,どのように表現するのでしょうか. 我々の観測,実験の結果,どうも彼らの一部は,単に物理環境に応答するだけではなく,彼ら自身の代謝,遺伝子の働きでもって「どこに向かうのか」を表現していることがわかってきました.さらに,その表現は生命誕生38億年後に訪れた単細胞生物の「命がけの跳躍」6)の末に生じた可能性がみえてきました.流体科学研究室では,そのような生命現象の画期的展開をみせた単細胞生物を題材にして,流体力学,水資源工学,そして進化の側面から単細胞生物の未来像,さらに,生命体に直接的な影響を及ぼすであろう宇宙の膨張と地球環境の変動とに関する研究を進めています.
参考資料 1) Emergence of life in an inflationary universe, Tomonori Totani, Scientific Reports, 10.1038/s41598-020-58060-0, 2020. 2) 宇宙になぜ我々が存在するのか,山村斉, BLUE BACKS,2013年. 3) 生命とは何か -物理的にみた生細胞-,(エルヴィン)シュレーディンガー,岩波文庫,2008年. 4) What is life?, 生命とは何か,ポール・ナース,ダイヤモンド社,2021年. 5) D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?(我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか),ポール・ゴーギャン,1898年. 6) 寝ながら学べる構造主義,内田樹,文藝春秋,2002年.
生物が織りなすリズムの作用効果
左の画像は,偶然にも水棲の単細胞生物における細胞分裂直後のシーンを捉えたものです.直径が1μm程度のとても小さな単細胞生物の“生き方”は私たちの興味深い研究対象の一つです.
地球に生命が誕生したのは今から38億年前のことで,はじめに単細胞生物が誕生しました.次にいまより10億年ほど前に,単細胞生物の機能分化により多細胞生物が誕生しました.このとき生物は,単細胞生物と多細胞生物とで大きく分かれました.現在では,地球上の生物の多くが多細胞生物であり,単細胞生物はその一部でしかありません.ほとんどの生物が多細胞化する中,一部の生物は単細胞生物のまま存在し続けています.そのような単細胞生物には生きるための多種多様な機能が備わっています.
たとえば,流れが弱く停滞ぎみな淡水域では,べん毛などのスクリュー機能を有さず環境に依存する単細胞生物の生き方に沿った単純なリズムが確認できます.そのリズムを基本的機能とすると,シアノバクテリアは光合成に伴う鉛直移動という第2のリズム機能を獲得していることがうかがえます.これらのリズムの物理因子と遺伝子変動との周期的作用原理を明らかにすることにより,単細胞生物の形態維持,つまり非多細胞化に対する生体リズムの作用効果が分かってくるかもしれません.